お〜〜そうなのか。こういう方法があるのね。
ということでここにも書かせていただきます(^^;)
PCがごちゃごちゃしてきているので再インストールでもしようかと考えているのだけど、やっぱ面倒くさいなぁ、と思っていたところ。後で試してみよう。って、いつやるのかわからないが。。。
ご苦労様です。何処も一緒ですね。
が、私は転勤してから知らんフリ、というか、部下に詳しい(といっても私よりも詳しくなかったり)がいたので、全部彼にお任せ。楽チンですなぁ。
そうそう、私もWordって良く知らないものだから質問されても困っていました。今は逆に質問しまくっていたり(^^;)
ウィルスソフトは、我が社ではマカフィー株式会社のを法人ライセンスで使用していて、強制です。重いです。なので普段はオンラインスキャン?を無効にしたりしているのですが、全然意味無かったり。で、先日、社内でちょっとやられちゃったりして反省している今日この頃。。。しかし、のろいマシンが益々のろくなるという。。。何とかしてもらいたいものです。
S/W と H/W の関係は人の心と身体の関係に似ている。 H/W は S/W の単なる入れ物ではない。人の心が身体に影響を与え身体が心に影響を与えるように S/W と H/W も密接に関係している。心がいつも自分にとって Controllable な存在だと考えるのは危険な発想である。もっともコンピュータシステムの場合は S/W と H/W とそれを使う人の三者の関係で考えないとダメだけどね
[[鏡] 辺境から戯れ言 − 過去の戯れ言 2005年05月より引用]
私の本業でも近年H/Wに対する議論が少なくなり、小手先のS/Wで全てを解決しようとする傾向がある。一つ間違えば爆発事故を起こし、大きな災害を発生させるかもしれない、という想像力が余りにも無さ過ぎる。バグなんていうものを発生させてはならない世界なのだ。取り返しがつかない世界なのだ。これをしっかり肝に銘じて仕事してきたつもりなのだけれども、同じページの☆ 技術の継承,コンテンツの相続でも述べられているように、そういった精神的な継承も含め、なかなか難しいというのが現実。
どう表現すればよいのか迷うのだが、想像力というのは経験値がある程度ないと低いような気がするのだ。自分の作成したソフトで事故を発生させてしまった、という経験を行ったものは、それを元に基本設計から「想像力」をフルに働かせている。少なくとも私はそうだ。
で、そういうことを部下に教え込んだとしても、彼らは事故を経験していないので、ぜんぜんピンと来ていない。歴史は繰り返すというけれども、こういうところにもその原因があるのではないかと思っている。
また、シミュレーション技術の発達もそれに輪をかけているようにも感じる。ターゲットとなるH/Wがなくても、全てPC上でシミュレーション可能で、それがためにいつでも修正できるという気持ちになっているようで、そういう気持ちのまま実機にインストール&実行をし、現実世界と仮想世界の区別がつかなくなっているようだ。
開発者の負担を減少させるためのツールが、逆に開発者のレベルを下げている、とでもいうのかな。各種便利ツールというのは、想像力を発揮できる人が使えば非常に有用だと思うのだが、その想像力のない者が使用すると、以後の弊害のほうが大きいようにも感じる。
現在、技術者に対して必要な教育というのは、「身体を通しての怖さ」を体験させることだと感じる。さすれば想像力も発達してくるのではないかと感じている。定年直前の諸先輩は、入社そうそうに、いろんな体験をしてきている。事故で同僚を失った方もおられる。そういう経験を元、教訓にし現在の安全を作ってきた。が、その安全に囲まれた中で育ってきた我々は、その本質を見出せないでいるというのが現実か。個人的にとても不安な毎日を過ごしている。